不動産価格

不動産に対して、相変わらずの根拠なき回復待ちを続けるか、それともビジネスチャンスとしての視点を持てるか、否かにかかってくる。いち早くその成長性、必要性に気付いたところだけが、その抱える不良債権を放出してそれをテコに新市場立ち上げに貢献するとともに、先見性のある不動産投資を望む企業に積極的に融資を行っていく、これが今から生き残れる金融機関の姿である。「売れない」と言いながら、実は良い担保不動産ほど惜しんで売り渋り、結果として毎年地価を下落させ続け、それでいながら、民問の投資にも貸し渋る、そういう矛盾と欺瞞に満ちた金融機関に対して、市場の批判が集まる日は近い。最後に強調したいのが、地価適正化は国民の住宅取得を容易にするというだけでなく、また、不良債権問題を解決し不況から脱出することができるだけでなく、戦後の我が国のいびつな社会盾造をドラステックに変化させる力があるということである。本書で述べてきたような種々の改良や試みが成功すれば、多くの担保不動産が金融機関や大手企業から不動産市場へ出てくる。不動産の流動化だ。これが地価適正化させる。本来、価格は市場経済を秩序づける働きする。需要と供給は価格によって一致するよう仕組まれている。ところが我が国で不動産は情報の閉鎖性・独占などのため、価格が機能せず、資源の最適配分が阻まれてきた。また、本来なら、それを緩和するために政府の介入がなされるのであるが、日本では逆に、介入が行きすぎて、価格を自由競争の場へ出さず、むしろ歪めてきた。ここにきて不動産価格は反乱を起こした。適正化するまで、つまり市場が市場として価格を媒介として機能しはじめるまで、地価は下落し続けるのである。こうなってはじめて、これまで不動産にあまり縁のなかった企業や一般人たち、バプル期の恩恵を得なかった層こそが、それらへの投資対象として余力をもって、投資できることになる。金融機関や戦前からの大規模土地所有で裕々と資金調達できてきた企業、そして利益を不動産に結実してきた企業などに偏って存在していた不動産を中心とする資源が、これを契機に、より一般的に広くあまねく移ってくるということなのだ。つまり、価格適正化による資源の最適配分の実現だ。旧来の資源の集中保有者である金融機関や大手企業は不動産価値の下落し損失の処理という難題を前に、決断も新投資もできず手をこまねいている。次世代の宝であり工夫次第でより多くのキャッシュフローを生む力のある不動産という資源を旧来所有者たちにはもはや操り育てるパワーがない。不動産をめぐる社会構造は、今まで、金融機関を中心とした構造で、間接金融という資金調達環境しかなく、それがメインバンク主義を増長させた。